Dear my phantom / To the underground

「わたしの怪物」と「地の巣へ」は、水の風景と、風景から生み出された言葉を組み合わせた、連続した作品。
水は人々の生活に不可欠なものだが、同時に大きな災いをもたらす荒ぶる神でもある。人は川や雨や海を神に見立て、水溜まりの中に精霊を幻視した。水と人との関係を探るために、貯水池、水路の張り巡らされた街、毒を浄化する湖などを撮影してきた。人間の娘と水の神との結婚をイメージして物語を立ち上げ、写真と言葉で提示した。


It is a story about the relationship between people and water, and is a combination of pictures and words. Water is essential to people’s lives, but it is also a violent god that brings great disaster. People worshiped rivers, rain, and the sea as gods, and gazed at spirits in the water.
I’ ve photographed reservoirs, sprawling cities, oasis cities, and poisonous lakes.
I created a story about the marriage of a human and the god of water, which is often seen in Japanese reservoirs.

Dear my phantom



向こうに、年々小さくなって、消滅しかかっている海が見える
本当は湖なのにあまりにも大きいので海と名付けられた 
沢山の水路が水を吸うので痩せ細って
今は水たまりほどの大きさしかない
時々壊れた堰から、嗚咽するように泥が押し寄せてくる
庭を掃除しないといけない

庭に敷き詰められた土は訪問する日によって色が違う
土の中にはプラートゥムという小さな虫たちが住んでいて
彼らが土の上に顔を出している時は庭は緑色、土の下に潜っている時は茶色になる

プラートゥムは本来は海辺で暮らしている生き物で
海で生まれた時には口があるが、藻を必要なだけ食べると口を閉じて、退化させてしまう
それからはずっと、藻が光合成をして作り出す養分を糧にして生きている
プラートゥムは基本的に浅瀬の砂の下に棲んでいるが
潮が引いたときは藻類の光合成のために地表に顔を出し
潮が満ちてきたら流されないようにまた地中に潜る
海から遠く離れたこの町においてもそのリズムは変わらず
潮汐の時間に合わせて土に入ったり出たりする

感覚器官も脳もないのにどこで潮汐のリズムを知っているのかと聞くと
夫は「藻が教えているんだろう」と言った
夫は掃除をしているうちに土を口に含んで 
プラートゥムを体内に住まわせてしまったので
彼もまた満潮の時間は土の下に潜らなければいけない
庭の土では足りないので溜め池に沈んでいる
おかげで掃除がちっとも進まなくて家は落ち葉に埋もれていく






To the underground



夜の間に腹から伸びた無数の足が
泥を掻いて川を下りてくる
水路を駆け巡りあなたを探している
あれは雑食性で藻類や動物の死骸を食べる
獲物は前足で抱きこみ
鍬に似た歯のようなもので
小さい塊に砕いていく
しかし歯ではなく骨を模した肉である
針を仕込めば痛がって吐き出すかもしれない

急速に落ちる夜の帳の中
山の中を進んでいく背中や
痩せて千からびたような首を見ながら
大人たちの騒ぐ声を思い出していた
もう水の底に泥が立派に降り積もっている
あれは腹ばいになって水を掻きながら
あなたの家を作っている
さあ、今年は寡雨で甘い実が成った